大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(行ツ)173号 判決

上告人

菅野悦雄

外一一名

右一二名訴訟代理人弁護士

佐藤昭雄

佐藤唯人

犬飼健郎

村上敏郎

氏家和男

被上告人

福島県知事

松平勇雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人佐藤昭雄、同佐藤唯人、同犬飼健郎、同村上敏郎、同氏家和男の上告理由について

本件都市計画変更決定が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。本件訴えを却下したからといつて憲法三二条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和三二年(オ)第一九五号同三五年一二月七日判決・民集一四巻一三号二九六四頁)の趣旨に徴して明らかである。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安岡滿彦 裁判官伊藤正己 裁判官長島敦 裁判官坂上壽夫)

上告代理人佐藤昭雄、同佐藤唯人、同犬飼健郎、同村上敏郎、同氏家和男の上告理由

第一点 原判決は憲法第三二条に違反する。

一、原判決は、被控訴人福島県知事が昭和五七年一二月二四日付福島県告示第一、七二五号を以つて告示した県北都市計画道路変更決定(以下本件決定という)は「その告示に伴い、都市計画施設の区域内の関係者ら(控訴人らの一部を含む)に対し、法の規定により付与された一般的、抽象的な制限を課すことになるものの、控訴人らに対してなされた個別的、具体的な処分ではなく、右制限のほかに、本件決定により控訴人らに対し権利に制限を加え、或いは法律上の義務を負わせることもなく、かつ、予定されている後続の処分等に対する抗告訴訟によつても十分権利の救済が図られ得るのであるから、本件決定は抗告訴訟の対象とするに適しない(処分としての成熟性がない)ものというべきである。」と判示し、同旨の理由で訴を却下した第一審判決を支持して上告人らの控訴を棄却した。

二、しかしながら、本件決定のような都市計画決定が告示されれば、それは都市計画事業施行者に都市計画事業の根拠と権原を与えるものとなり、そのあとは事業施行という、いわば履行部分を残すのみとなる。それ故、都市計画法(以下単に法という)は、都市計画(変更)決定の告示まで計画決定者に対し、必要と認めるときは公聴会を開催し住民の意思を反映させる措置を講ぜしめたり(法一六条)、都市計画案を公衆の縦覧に供せしめること(法一七条)および土地計画地方審議会の議に附すること(法一八条、一九条)等を義務づけているのである。

このような手続を経て都市計画が決定される所以は、都市計画が計画地区の関係住民の権利利益に重大な影響をもたらし、告示に伴い、先ず、法五三条により計画予定地域内の土地所有者等に対し、建築物の建築制限が課せられ、そして計画事業施行により土地所有権が公用徴収等されるに至るからにほかならない。本件決定の告示により上告人らは右の制限を課せられ、またこれまで築いた住環境変化の不安に陥し入れられている。

三、原判決は、このような制限は、……特定の個人に対する具体的な行政処分がなされたことに基づく効果でなく……後続の処分がなされ或いは制限区域内の建築物の除却を命ずる具体的な処分について、関係者の権利、利益が害されるに至つたときに、本件決定の瑕疵を根拠にこれら処分の取消を求める訴訟により、権利救済が図られる旨判示する。

しかし、本件決定告示により、都市計画区域内の住民という特定の者が、めいめい法五三条の権利制限を課せられる者に該当させられたのであつて、これは法令が制定されたと同様の不特定多数の者に対する一般的抽象的な制限とは異なるものである。

のみならず、上告人らは、都市計画決定告示に至るまで経なければならない前述のような手続について、本件決定は重大な欠陥があり住民の意見が反映されないまま決定告示されたことをも問題にしているのである。前述のように、都市計画について法は、計画地域の関係住民の意見を反映させるため、公聴会の開催のほか、都市計画案に対し意見書を提出して意見を述べることをも保障しているのであり、都市計画は、計画案の当時から、住民や利害関係人の意見を反映せしめるため抗争性を与えられていると考えられるのである。

四、憲法三二条は、民、刑事は勿論のこと、行政事件についてもそれぞれに権利保護の資格ないし利益のあるときは、すべて国民が裁判を受ける権利を保障することを規定したものである。

本件決定は告示により、あとは事業施行といういわば履行部分に必然的に進んでいくのであり、処分の成熟性は具備しているというべきである。にも拘わらず原判決は、本件決定告示の段階においては早すぎるとして、実体審理に入ることなく訴却下の第一審判決を支持したことは、上告人らの出訴権を不法に制限したものであり、憲法三二条に定める国民の裁判を受ける権利を奪うもので破棄を免れないと信ずる。

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一、原判決は、「本件決定は、その告示に伴い、都市計画施設の区域内の関係者らに対し、法の規定により付与された一般的、抽象的な制限を課することになるものの、控訴人らに対してなされた個別的、具体的な処分ではなく、右制限のほかには、本件決定により控訴人らに対し権利に制限を加え、或いは法律上の義務を負わせることもなく、かつ、予定されている後続の処分等に対する抗告訴訟によつても十分権利の救済が図られ得るのであるから、本件決定は抗告訴訟の対象とするに適しない(処分としての成熟性がない。)ものというべきである。」と判示して、上告人らの訴を却下した第一審判決を支持している。

二、しかし、原判決の考え方は、抗告訴訟の対象となるかどうかは処分の性質によつて決めるべきであるとする、伝統的な行政法の理論にとらわれすぎているものである。

すなわち、原判決は、行政処分というものについて、あたかも先天的な性質を滞びているかのように観念的に促え、その処分が一般的処分であるか個別的処分であるかに分類し、一般的処分であれば、もはや抗告訴訟の対象とはならないと決めつけ、それ以上に右一般的処分がどのような機能をはたすかなどの考察をまつたく怠つているものである。

しかし、一般的処分であるということだけで抗告訴訟の対象とはならないとすべきではなく、一般的処分がもたらす具体的な効果にも思いをいたし、仮に一般的処分であつても、それが個人の権利、利益を違法に侵害するものであれば、それがたとい附随的効果であつたとしても抗告訴訟の対象となると考えるべきである。

すなわち、当該行政処分について観念的に分類すべきではなく、機能的な面から促え、紛争解決の客体としての適格を有するかどうかを考えるべきである。

そのような考え方こそが、国民に対し広く行政行為に対する司法審査の機会を保障した行政事件訴訟法の趣旨に合致し、国民の権利救済につながるものと考える。

三、ところで、本件決定は、一定の地域を限つて、その地域内の土地利用権を一定の目的のために具体的に規制するものであり、広く一般国民を規制の対象とするものではないから、そもそも一般的処分と言えるかどうかも疑問であるが、仮に一般的処分であるとしても本件決定の告示に伴い、法五三条に基づき、道路予定区域内の土地所有者等に対し、建築物の建築制限がなされるという具体的効果が生じるものである。

原判決は、この点に関し、「これは、そのような制限を課する如き法令が制定されたと同様の当該区域内における不特定多数の者に対する一般的、抽象的な制限にすぎ」ないと判示しているが、前述したように、右建築制限の効果を法令が制定された場合と同視することはできず、やはり、「行政庁の処分」によつて生じた具体的効果とみるべきである。

四、また、都市計画決定は、決して単なる青写真ではなく、都市計画決定以降の手続はこれを形式的に追認し、機械的に進められることになり、都市計画区域内の土地は、都市計画決定が変更されない限り、将来一定の手続を経て収用されることは確実である。

したがつて、そのような意味においても、都市計画決定の段階において処分性を認めることには十分な意義がある。

なお、都市計画決定に次ぐ後続の処分について抗告訴訟を提起しても、事情判決がなされる可能性がきわめて強い。

これらの点に関し、原判決は、「後続の処分等に対する抗告訴訟において、事情判決がなされるか否かは、行政事件訴訟法三一条所定の諸般の事情を総合評価したうえでなされるものであり、本件決定の段階において抗告訴訟の提起を認めるか、後続の処分等がなされた段階に至つて抗告訴訟の提起を認めるかにより、後者の場合に前者に比して権利の救済に欠けるとは必ずしも言えない」と判示しているが、この考え方は実情からはなれた観念的な考え方であり、むしろ、「最終的違法性決定を争えばいいということになつてしまいますと、争つているうちに区画整理とか都市計画はできてしまつて、結局最終段階では事情判決されてしまうおそれがきわめて強い」(別冊判例タイムズ二「行政訴訟の課題と展望」中の「行政訴訟の現代的課題と展望」における山村恒年氏の発言(六八頁))との考えが、実情にかなつた常識的な考え方ではなかろうか。

五、以上に述べた理由から、本件決定は、行政事件訴訟法三条第一項の「行政庁の処分」に該当するものというべきであり、右決定の処分性を認めなかつた原判決は右法令の解釈を誤つており、そのような意味において判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり、破棄されなければならない。

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